シンデレラはなぜ残業代をもらえないのか~こんなにあった残業代の出ない働き方~
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る
これは歌人石川啄木が『一握の砂』において書いた歌です。
石川啄木は明治時代に生きた文豪ですが、当時はなかなか評価されずひもじい思いをしたといいます。
生活苦を訴える現代社会に生きる人々にも響く短歌ですね。
働かざるを得ないなら、せめて残業代までしっかりいただきたいところ。
今回は働き者ながら厳しい生活をしている労働者を代表して、シンデレラを例に残業代の出ない給与形態について考察したいと思います。
あれだけ働き者のシンデレラはなぜ残業代をもらえないのでしょうか。
原則として労働時間は1週間に8時間、1ヶ月に40時間を超えてはなりません。
これを法定労働時間といい、労働基準法第32条1項により規定されております。
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労働基準法
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
○2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
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使用者は法定労働時間を超えた労働を労働者に課すことは原則できません。
しかし、労働基準法36条に基づき労使間で協定を結ぶことで、労働時間の延長や休日出勤が可能になります。
労基法36条に規定された協定のため、これは36(サブロク)協定と呼ばれています。
そして法定労働時間を超えた分の労働時間に出る賃金を、一般的に残業代と呼ぶのです。
ここでシンデレラに残業代が出ない理由を「残業代が出るだけ働いていないから」としてしまうと話が終わってしまうので、 法定労働時間は超えているものとしましょう。
なお、業務内容は家事労働とします。
さて、給与制度としては、時給制、日給制、月給制、年俸制など多種ございますが、どの給与形態をとっていたとしても労働基準法第32条1項の原則は変わりません。
つまり、日給制のように働いた日数で給与計算をするという給与形態をとっていたとしても、1日に8時間以上働いていれば残業代は支払われなければならないのです。
しかし、例外がございます。
労働時間等に関する規定の適用除外として、労働基準法第41条に規定されております。
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労働基準法
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 別表第一第六号(林業を除く。) 又は第七号に掲げる事業に従事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、 使用者が行政官庁の許可を受けたもの
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ひとつひとつ確認しましょう。
①農業・水産業
一 別表第一第六号(林業を除く。) 又は第七号に掲げる事業に従事する者
本条文に関してですが、 労働基準法別表第一には以下の業務が掲げられております。
6. 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
7. 動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
つまり、労働基準法第41条1号に規定されているのは、「林業以外の農林水産業に従事する者」です。
農林水産業は繁閑の差が激しく、 法定労働時間を大きく超える月もあれば、大きく満たない月もあるでしょう。
1年中決まった労働時間で働くというわけではございませんので、 適用除外となるのです。
②管理者、秘書
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
本条文に関してですが、まず前半の「監督若しくは管理の地位にある者」を管理者と言います。
管理者とは、経営者と一体的な立場にある者のことを指すと考えられております。
いわゆる管理職という役職がついている人なら誰でも当てはまるというものでもなく、実質的な権限裁量を持つことが必要になります。
労働基準法の定義する管理者とは会社の人事労務に加え、自身の出社退社時刻に関しても自由裁量の権限を持っている人のことを指します。
勤務時間に関しての自由裁量を持つが故に、残業代を支払う対象にもならないのです。
また、後半の「機密の事務を取り扱う者」は機密事務取扱者と言います。これは秘書等が当てはまります。
秘書その他職務が経営者又は監督若しくは管理の地位にある者の活動と一体不可分であること、出社退社などについて厳格な制限を受けない者を指し、故に残業代も出ないのです。
③監視労働従事者、断続的労働従事者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、 使用者が行政官庁の許可を受けたもの
こちらは言葉だけはピンと来ないかもしれませんが、簡単に言えば見張りです。
勤務時間は長くとも、常態として身体の疲労または精神的緊張の少ない労働者のことをいうと解されております。
通常労働者と比べて労働密度が薄く、通常労働者と同様の労働時間・休憩・休日の規定を適用しなくても労働者保護に欠けることがないという趣旨で、適用除外となっております。
故に、交通関係や危険な場所での監視業務は本例外規定には当てはまりません。
では考察しましょう。
もしかしたら、シンデレラは管理者なのでしょうか。
しかし、上司(継母)から指示を受けて働いているシンデレラに裁量権はなく、シンデレラは管理監督の立場にあるとは考えにくいです。
また、管理者と一体不可分の地位ではなく、監視業や農林水産業を生業としているわけでもありません。
どうやら労働基準法第41条の規定には当てはまらないようです。
残業代の出ない働き方は他にもあるのでしょうか。
別の可能性を考えてみましょう。
2. もしかしたらみなし労働時間制なのかもしれない~労働基準法第38条~
1日8時間、1週間で40時間以上働いた際には、超過した労働時間に応じて残業代を支払わなければなりません。
一方みなし労働時間制とは、初めから月に〇〇時間の残業を予定して、あらかじめ給料に乗せて支払う制度になります。
一般的にはみなし残業制と呼ばれることが多いですね。
例えば月20時間のみなし残業代が給料に含まれている会社では、 5時間の残業だろうが15時間の残業だろうが20時間残業したとみなされ、一律に20時間分の残業代が従業員に支払われます。
これは労働基準法第38条に規定されており、労使間で36協定を結ぶことで制度を導入することができます。
なお、みなし労働制には種類がございます。
①事業場外労働時間制
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労働基準法
第三十八条の二 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
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営業職など会社側が正確な労働時間を把握することが難しい労働者等に適用されることが想定された制度になります。
直接的に指揮監督をしていくということは難しいが故に、労働者自身にある程度任せ得ざるを得ないというわけです。
事業場外労働時間制を導入する場合には、労働組合と協定を結び、みなし労働時間制の規定を就業規則に明記する必要があります。
②専門業務型裁量労働制
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労働基準法
第三十八条の三 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第二号に掲げる時間労働したものとみなす。
一 業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務
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いわゆる裁量労働制と呼ばれるもののうちの1つで、専門業務型について規定した条文です。
裁量労働制はどんな会社でも導入できる制度ではなく、専門業務型と企画業務型の2種類に限られます。
専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるとされる業務に関して適用できます。
対象業務は弁護士や大学教授、ゲーム制作や映画のプロデューサーなど厚生労働省及び厚生労働大臣告示により定められた19の業種に限られます。
また、実際に裁量労働制を導入する際には、対象業務や時間配分等を盛り込んだ労使協定を締結して所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。
つまり労使協定で定めた労働時間を働いたものとみなすという制度になります。
③企画業務型裁量労働制
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労働基準法
第三十八条の四 賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(使用者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とするものに限る。)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の五分の四以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を当該事業場における第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第三号に掲げる時間労働したものとみなす。一 事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務
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こちらも裁量労働制と呼ばれるもののうちの1つで、企画業務型について規定した条文です。
事業活動の中枢にある労働者が創造的な能力を十分に発揮し得る環境づくりのため、2000年4月より施行されました。
企画運営の中心として、主に本社、本店での適用が想定されておりますが、事業の運営に大きな影響を及ぼす決定が行なわれる事業場も対象事業所とされます。
企画業務型の導入に関しては労使委員会を組織し、対象業務や対象労働者の具体的な範囲、苦情が出た時の措置の内容等を盛り込んだ決議をする必要があります。
対象業務が具体的に限定されている専門業務型と比べて適用の幅は広いですが、企画運営という会社の中枢にいる人に限られるものと考えられるでしょう。
では考察しましょう。
もしかしたら、シンデレラはみなし労働時間制での勤務なのでしょうか。
残念ながら、家事一般は事業外労働ではなく、専門業務型裁量労働制を導入できる19種類に当てはまらず、新しい企画運営を提案するという立場にも当てはまらないでしょう。
また勘違いされやすいのは、みなし労働時間を超えた分は原則通り超過した分に応じて、残業代が支払われるということ。
先ほどの月20時間の例でいえば、30時間残業した月は20時間分のみなし残業代に加えて、10時間分の残業代が別途支払われることになるのです。
どうやらこれでもないようです。
他にはあるでしょうか。
3. 労働基準法に従っていない
他にも考えられる可能性としては、変形労働時間制や高度プロフェッショナル制度等になるでしょうか。
しかしいずれにしても共通しているのは協定等で労使間の合意が必要であるという点、残業している日があれば早く帰れる日があったり、そもそもの収入が高かったりとほかの要素でバランスをとっているという点。
家事労働は1年を通じて繁閑の差はなく、事業主が時間管理しやすく、裁量を与え成果主義を導入されるような業務ではありません。
シンデレラは業務後の舞踏会にも参加できない程度に年中無休で残業をしています。
では、もしかしてシンデレラの事業所は労基法に違反しているのでしょうか。
自由契約社会とはいえ、労働に関しては最低限度が求められている結果が労働基準法です。
ぜひシンデレラには管轄の労働基準監督署に申し出ていただきたく存じます。
4. おわりに
いかがでしたでしょうか。
今回は「残業代の出ない働き方」というテーマでしたが、法に則った制度であれば、経営者が一方的に得をする意味のないタダ働きというものは実はなかったのではないでしょうか。
とはいえ、まだまだ掘り下げられそうな労働基準法と残業代規定。
記事をご覧の皆様もぜひ一度、条文に目を通してみてください。
法律の条文はちょっと読みにくい…という方は是非他の記事も見ていって下さいませ。
Ari
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