全世帯型社会保障制度が企業人事にもたらす社員定着の指針とは?
2019年9月にスタートした全世帯型社会保障制度検討会議。これまでの社会保障制度では、働く現役世代からの税収を財源として高齢世代への福祉を行ってきました。しかし、2040年代に訪れる現役世代の急速な減少を前に、高齢世代にも経済力に応じた負担を求め、福祉を子育て世帯まで行きわたらせる社会保障制度改革が進められています。一見すると企業人事と無縁のように思われますが、改革が行われる4分野には「労働」「年金」が含まれており、社員の採用手法や雇用形態、定着、キャリアパス、定年など様々な人事領域に影響があります。
目次
人事業務と社会保障制度改革のつながり
「労働」の分野では、人生100年時代と言われる中で意欲のある高齢者が能力を十分に発揮し年齢に関わりなく活躍する社会の実現に向けて、70歳までの就業機会を確保する方針です。そのため、雇用形態に柔軟性を持たせる兼業や副業、中高年の就労促進、若年層の新卒一括採用の見直し、企業によるキャリア相談や社員の長期休暇制度などの導入を促進するとのことです。昨今、終身雇用の概念が薄れ転職や起業などキャリアパスが多様化していますが、人材の確保が課題となっている企業もあろうかと思います。今回の社会保障制度改革をきっかけに多様な人材確保の方法を検討してはいかがでしょうか。
「年金」の分野では、在職老齢年金の見直しが掲げられています。現行では、老後の就労については年金受給と給与収入のバランス調整が行われ、給与収入が多ければ年金受給が一部、減額される仕組みです。老後の就労機会の促進という観点からは、年金受給額の調整によって就労を抑えることが一定程度、確認されていることから、支給調整が行われる基準額を引き上げる方針です。企業では定年の年齢を60歳として定年後再雇用制度を設けている場合、再雇用時の給与額を年金の支給調整が入らない金額としているケースもあるかと思います。今後、定年の年齢や再雇用時の給与について論点となることが予想されます。
4つの改正内容
それでは改正内容の詳細を見ていきましょう。
労働施策総合推進法の改正
従業員301名以上の企業を対象に、2021年4月から中途採用比率の公表を義務付ける方針です。今年の1月からの国会での成立を目指しています。
中途採用の比率は企業規模が大きくなるほど減少するとする調査があり、転職希望者が転職活動の際に希望する情報は中途採用実績の割合が最も高い状況を勘案しての改正です。
日本の採用慣行である新卒一括採用の見直しと通年採用の拡大を狙いとし、人生100年時代を前に新卒一括採用以外での採用機会の拡大ひいては求職者と企業のマッチングを促す雇用制度改革です。
企業のWebサイトなどで直近3年分の比率を公表させる方向で、「中高年層の中途採用・経験者採用比率」「管理職の中途採用・経験者採用比率」「役員の中途採用・経験者採用比率」なども公開できるようにするとのことです。
高年齢者雇用安定法の改正
現行では定年を定める場合には60歳を下回ることはできず、65歳未満の定年を定めている企業に対しては希望者には65歳までの雇用を確保するために継続雇用制度などを措置を義務付けています。全世代型社会保障制度では、高齢者の就業機会の確保のために4つの対応を努力規定として盛り込み2021年4月の施行を目指しています。
- 定年の廃止
- 70歳までの雇用延長
- 定年後または65歳までの継続雇用終了後も70歳まで引き続いて雇用(子会社・関連会社等を含む)
- 定年後または65歳までの継続雇用終了後、子会社・関連会社等以外の再就職の実現
また、雇用以外の対応として次の2つを規定しています。
- 定年後または65歳までの継続雇用終了後に創業(フリーランス・起業)する者との間で、70歳まで継続的に業務委託契約を締結
- 定年後または65歳までの継続雇用終了後に事業主が自ら実施する事業、もしくは事業主が委託、助成、出資等するNPO等の団体が行う事業による活動に70歳まで継続的に従事する
将来的には企業名公表のような義務化も見据えつつ、労使合意による適用除外や能力・成果を重視する評価や給与体系の構築、高齢者の安心して働ける職場環境の構築支援、高齢期を見据えたキャリア形成支援やリカレント教育を推進するとのことです。
雇用保険法
全世代型社会保障制度に含まれてはいませんが、高齢者の雇用機会の拡大に伴って高年齢雇用継続給付の段階的な廃止が検討されています。流れは次のようなものです。
2024年度までに60歳になる人:支給額は現行のまま
2025年度から29年度に60歳になる人:支給額が半減
2030年度以降に60歳になる人:廃止
2025年度から半減する背景として、現行の高齢者雇用安定法で定められている65歳までの継続制度(再雇用制度、勤務延長制度など)の対象者を限定できる経過措置制度が2024年度で終了し、就業規則に定める解雇退職事由に該当する場合を除き希望者全員を対象とする必要があるためです。また、現状では希望者全員が65歳以上まで働ける企業は全体の78.8%に達していることも背景として挙げられます。
在職老齢年金
現状、60歳以上65歳未満の方に対する特別支給の在職老齢年金は、年金額に支給調整が行われる月の給与の基準額を28万円としていますが、65歳以上の老齢年金と同じく47万円とする方針です。
社会保障制度改革と人材確保の方法
上記のような改正が行われていく予定ですが、具体的に会社の人事担当者がどのような対応をしなければいけないのかをご説明します。
労働施策総合推進法の改正への対応
政府は従業員301名以上の企業を対象に、2021年4月から中途採用比率の公表を義務付ける方針です。公表方法としては企業のWebサイトなどでの開示を求める予定ですので、企業の担当者は企業のホームページ等の利用などにより、求職者が容易に閲覧できるようにしなければいけません。また自社のホームページを使用していない企業は新たに開設等をしなければなりません。すでにホームページがある企業では、施行日までに中途採用比率の公表するために準備しなければなりません。
また、今回の労働施策総合推進法の改正は中途採用比率の公表を義務化だけでなく、事業主のパワーハラスメント(以下パワハラ)防止措置も義務化されました。
大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月から施行されます。なお、中小企業は2022年4月までは努力義務となります。また、改正労働施策総合推進法を受けて検討されていたパワハラ指針が2019年12月に正式決定しました。指針で示されている事業主等の職場におけるパワハラを防止するため、雇用管理上の講じなければならない措置は以下となります。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
- 上記1から3までの措置と合わせて、相談者・行為者等のプライバシーを保護すること、その旨を労働者に対して周知すること、パワハラの相談を理由とする不利益取扱いの禁止
つまり、パワハラに対する社内方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、被害を受けた社員へのケアや再発防止について、適切な措置を取ることが求められます。
職場におけるパワハラ対策のためにまず取り組むべきことは「企業がパワハラ対策を講じていること」を社員に明言することです。それと同時に、パワハラの定義、行為の禁止、懲戒、相談、苦情への対応等の事項を就業規則(あるいは「ハラスメント規程」など)に盛り込むことが求められています。すでにセクハラの服務規律がある場合にはその規律に盛り込む形でもよいでしょう。そして「ハラスメント防止」の規程を就業規則に盛り込んだら、社員への説明会や文書の配布なども忘れずに行い、周知を徹底しましょう。
70歳就業に向けた事業主の努力義務への対応
高年齢者の雇用については、2013年に施行された改正高年齢者雇用安定法により希望者全員の65歳までの雇用が企業に義務付けられていますが、さらに70歳までの就業機会確保についても努力義務とすることが示されました。その概要は以下のとおりです。
1.追加される努力義務
就業機会確保措置「定年廃止」「定年延長」「継続雇用制度の導入」といった現行の継続雇用と同様の措置に加え、「関係会社以外の企業への再就職」「フリーランスや起業による就業」「社会貢献活動への従事」といった新たな措置を設け、これらの措置のうちいずれかを講ずることを事業主に対する努力義務とする (複数の措置の組み合わせも可)。また、雇用によらない措置による場合には、事業主が制度の実施内容を明示して労使で合意し、労働者に周知するよう努める。
2.対象者の限定
就業機会確保措置の対象65歳以降の高年齢者については体力や健康状態その他の本人を取り巻く状況がより多様なものとなることから、事業主が講ずる措置について対象者の限定を可能とする。なお、対象者を限定する場合には、その基準について労使で合意が図られることが望ましい。
3.努力義務の対象
努力義務を負う事業主は、現行の65歳までの雇用確保措置では関係会社で雇用を継続することも可能とされているが、70歳までの就業機会確保措置の努力義務を負うのは60歳まで雇用していた事業主とする。
4.就業機会確保措置の詳細と自社で取り入れる措置
- 「定年廃止」「定年延長」「継続雇用制度の導入」については現行の65歳までの雇用確保措置と同様とする (ただし対象者の限定を可能とする)
- 「他の企業への再就職」については関係会社での継続雇用と同様に事業主間で契約を締結する
- 「フリーランスや起業による就業」については、元従業員との間で70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度を設ける。なお、どのような事業を制度の対象とするかについては、事業主が導入する制度の中で定めることができることとする
- 「社会貢献活動への従事」については、事業主または事業主が委託、出資 (資金提供) する団体 (当該団体とはまで引き続いて事業に従事させることを約する契約を締結するものとする) が行う事業で70歳あって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものに係る業務に元従業員が70歳まで継続的に従事できる制度を設ける。なお、どのような事業を制度の対象とするかについては、事業主が導入する制度の中で定めることができることとする。また、他の選択肢との均衡の観点から、制度の対象となる事業は高年齢者に役務の提供等の対価として金銭を支払う有償のものに限ることとする
5.行政による指導や報告
厚生労働大臣は事業主に対して措置の導入に関する計画の作成及び提出、計画の変更や適正な実施を求めることができるようにする。また、事業主が国に毎年1回報告する「定年及び継続雇用制度の状況その他高年齢者の雇用に関する状況」について、70歳までの措置に関する実施状況や労働者への措置の適用状況を報告内容に追加する。
6. 努力義務化の時期
措置の導入に向けては、労使による話し合いや事前の周知に一定の期間を要することが見込まれることから、 過去の高年齢者雇用安定法の改正時の例も参考としつつ、 適切な準備期間を設ける。
(出典:厚生労働省「高年齢者の雇用・就業機会の確保 及び中途採用に関する情報公表について(素案)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000578818.pdf
現行の65歳までの雇用確保措置と比較すると、努力義務である点、対象者を限定することができる点、雇用以外の措置も選択肢に加えられている点が異なりますが、少なくとも自社においてどのような対応ができるのかを検討することが求められます。
雇用保険法、在職老齢年金への対応
これまで60歳以降の高年齢労働者に対しては在職老齢年金や高年齢雇用継続給付金といった公的給付を利用した賃金を設計することにより、会社の負担も減らしつつ、従業員も実質的な手取り額を大幅に減らすことなく雇用していた企業も多かったと思いますが、高年齢雇用継続給付金が縮小され、いずれは廃止となることを受け、今後は60歳前後の賃金変動をカバーする公的給付に頼らない賃金制度設計が求められます。
定年後再雇用制度の場合には、新しい雇用形態で労働契約を結ぶため、賃金についても最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で従業員との間で決めることができます。定年前と同じ業務内容であっても、体力の低下などにより仕事の効率が下がることは避けられないため、定年退職時の賃金の50%〜70%程度に設定されるのが一般的です。賃金の決定に関する評価基準がある場合は、それに照らし合わせて減額するとよいでしょう。
ただし、同一労働同一賃金の関係上、全く同じ業務で同じ労働時間の仕事をしてもらう場合、責任の度合いが同じであれば、減額して再雇用契約を結んだとしても無効となる可能性が高くなります。優秀な人材であれば減額するパーセンテージを変えるなどの配慮も必要でしょう。また、今後は60歳以上も年金額に支給調整が行われる月の給与の基準額が47万円となる方針ですので、これまで支給額の減額を気にして、働き方を調整していた従業員がいる企業はこれからの勤務体系や勤務時間について十分に話し合う必要があるでしょう。
企業人事の役割とは
全世帯型社会保障制度において様々な法改正に対応するには企業にとって就業規則の改定だけでなく事業の維持発展のための人事制度設計が急務となります。就業規則の改定では法律に即したものとすることはありますが、人事制度設計や賃金体系では法律に合わせるだけでなく社員の定着や育成などを含めた攻めの姿勢で検討してはいかがでしょうか。就業規則の作成、人事制度設計、労務相談のご依頼は人事部サポートSRまでお気軽にお問い合わせください。
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