正しくできてる!? 従業員の健康情報の取扱い
ストレスチェック制度の施行、改正障害者雇用促進法の施行など従業員の健康問題に関わる重要な動きが続いています。このような動きにともない、企業における健康情報の取扱いが重要視されています。
従業員の健康情報を「機微情報」と恐れると、人事担当者が「必要な範囲」の切り分けができず、必要な情報を現場に回さないために現場が混乱したり、健康情報はすべてプライバシーにかかわるものだと神聖視しすぎ、会社が委託しているカウンセラーからも社員の状況を正しく聞き出すことができないといった問題を引き起こします。
従業員の健康情報を正しく管理し、トラブルを未然に防ぎましょう。
従業員の健康に関する使用者責任
1.使用者の安全配慮義務について
一般に、使用者は、労働者に対して、安産配慮義務を負うとされています。安全配慮義務について判例は、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮する義務」(最判昭和59年4月10日)と定義しています。
近年は、設備等の安全を保つことだけでなく、業務上生じうる疾病等についても配慮しなければならないとされる傾向にあります。また、労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しており、法律上も、安全配慮義務を使用者が負担することを明確にしています。
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2.労働安全衛生法について
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労働安全衛生法(以下「安衛法」)は、「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」(3条1項)と定めています。 健康診断に関する規定である安衛法66条ないし66条の8は、使用者が労働者から業務との何らかの関連性において発生した健康被害の回復のための賠償を求められる場面で重要となります。
そして、平成18年の改正安衛法により、使用者の労働者に対する健康診断結果の通知義務が強化され(66条の6)、これが罰則規定(120条1号)にかからしめられていることからも、かかる通知は徹底されなければならないことは言うまでもありません。また、同改正により使用者に対し面接指導等が新たに義務付けられ(66条の8)、その面接指導結果の記録義務(同条3項)および面接指導結果に基づく医師の意見聴取義務(同条4項)等も生ずることになったので、使用者の労働者に対する安全配慮義務の内容はさらに厚みを増したと言えます。
従業員の健康情報管理の在り方
1.収集
労働省が発表している「労働者の個人情報に関する行動指針」において、使用者は以下の目的達成に必要な範囲内で医療上の個人情報を収集することができます(労働者の個人情報保護に関する行動指針)。
(1)特別な職業上の必要性がある場合
(2)労働安全衛生及び母性保護に関する措置
(3)(1)及び(2)に掲げるほか労働者の利益になることが明らかであって、医療上の個人情報を収集することに相当の理由があると認められる場合
上記の場合を除いて、医療上の個人情報を収集してはなりません。さらに、HIV感染症やB型肝炎等の、職場において感染したり、蔓延したりする可能性が低い感染症に関する情報や、色覚検査等の遺伝情報については、職業上の特別な必要がある場合を除いて、事業者は労働者等から取得すべきではないとされています。
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2.保管
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保管については、「医療上の個人情報は、原則として就業規則等においてこの指針の原則によることを義務づけられている者が他の個人情報とは別途に保管するものとする」としています。なお、上記の「原則」とはいずれも「使用者を含め、個人情報の処理に従事する者は、業務上知り得た個人情報の内容をみだりに第三者に知らせ、または不当な目的に使用してはならない。その業務に係る職を退いた後も同様とする」との内容です。
3.健康情報の取扱いについて事業者が留意すべき事項
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健康情報の取扱いについて事業者が留意すべき事項として以下のことが挙げられます。
(1)事業者が、労働者から提出された診断書の内容以外の情報について医療機関から健康情報を収集する必要がある場合
事業者から求められた情報を医療機関が提供することは、個人情報保護法第23条の第三者提供に該当するため、医療機関は労働者から同意を得る必要があります。この場合においても、事業者は、あらかじめこれらの情報を取得する目的を労働者に明らかにして承諾を得るとともに、必要に応じ、これらの情報は労働者本人から提出を受けることが望ましいとされています。
(2)事業者が、健康保険組合等に対して労働者の健康情報の提供を求める場合
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事業者と健康保険組合等とは異なる主体であることから、個人情報保護法第23条の第三者提供に該当するため、健康保険組合等は労働者(被保険者)の同意を得る必要があります。この場合においても、事業者は、あらかじめこれらの情報を取得する目的を労働者に明らかにして承諾を得るとともに、必要に応じ、これらの情報は労働者本人から提出を受けることが望ましいです。
ただし、事業者が健康保険組合等と共同で健康診断を実施する場合等において、法第23条第4項第3号の要件を満たしている場合は、当該共同利用者は第三者提供に該当しないため、当該労働者の同意を得る必要はない。
また、事業者が雇用管理に関する個人情報の適切な取扱いを確保するための措置を行うにあたり配慮すべき事項として、以下に掲げる事項につき事業場内の規程等として定め、これを労働者に周知させるとともに、関係者に当該規程に従って取り扱わせることが望ましいとしています。
(1)健康情報の利用目的に関すること
(2)健康情報に係る安全管理体制に関すること
(3)健康情報を取り扱う者及びその権限並びに取り扱う健康情報の範囲に関すること
(4)健康情報の開示,訂正,追加又は削除の方法(廃棄に関するものを含む。)に関すること
(5)健康情報の取扱に関する苦情の処理に関すること
4.本人の同意
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当該健保組合等において通常必要と考えられる個人情報の利用範囲を明らかにしておく必要があります。このうち、被保険者等の利益になるもの又は必ずしも利益になるものではないが医療費通知など事業者側(健保組合等)の負担が膨大である上、必ずしも被保険者等本人にとって合理的であるとは言えないものについては、被保険者等から特段明確な反対・留保の意思表示がない場合には、これらの範囲での個人情報の利用について同意が得られているものと考えられます。これらの場合において被保険者等の理解力、判断力などに応じて、可能な限り被保険者等本人に通知し、同意を得るよう努めることが重要です。
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5.個人データの第三者提供
(1)第三者提供の取扱い
健康保険組合等は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないとされており、次のような場合には本人の同意を得る必要があります。
(例)職場からの照会
職場の上司等から、社員の傷病名等に関する問い合わせがあった場合など、本人の同意を得ずに傷病名等を回答してはならない。
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(2)第三者提供の例外
本人の同意を得る必要はない場合として、法令に基づく場合の生命、身体又は財産保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるときが挙げられます。
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6.就業規則
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使用者は、安衛法上の義務を含む安全配慮義務を全うするため、労働者の「健康情報」を収集・管理等するにあたり、個人情報保護法の定めはもとより、前記の「労働者の個人情報に関する行動指針」等をもとに、その手続を就業規則等で定め、健康情報の収集・管理等に対する労働者の信頼を得ておく必要があります。
【就業規則の規定例】
(健康診断結果の通知)
・従業員は、会社が医療機関ないし健康保険組合に委託して行った健康診断の結果につき、それを入手した後、何ら加工を加えずに直ちに会社に対し書面で報告する。
・従業員が会社の行う健康診断を受診せず、それに代わる健康診断を受診した場合も前項と同様とする。
(健康診断結果記録の管理)
・会社は、前条に基づいて収集した従業員の健康診断結果記録につき法の定めに基づいて適正に管理する。
(服務規律)
・従業員は、やむを得ない事由がある場合を除き。第○章において定める勤怠に関する各種届出(健康診断結果の報告を含む)を誠実に履行しなければならない。
まとめ
従業員の健康情報は、センシティブな情報なので、使用者がその取扱いに特段の配慮を行うべきことは言うまでもありません。従業員の高度のプライバシーとして、漏洩事故等が起こらないよう細心の注意を払う必要があります。また、従業員の健康情報をもとに偏見を抱いて勤務成績の査定や配置転換、昇格・昇進などの人事措置の決定に不相当に利用したり、退職勧奨や解雇を行うことを目的として従業員の健康情報を収集するようなことがあってはなりません。
さらに、従業員の健康情報はその従業員が引き続き在職する限り連続し相互に関連した情報として毎年収集し、従業員の健康保持増進のため適宜利用できるよう管理しなければなりません。そして、その管理が適正に行われるよう管理の方法を就業規則細則等で明確に定めておきましょう。また、管理責任者を置いた上で管理を担当する従業員は特定の者に限定し、特定の従業員以外は従業員の健康情報にアクセスできないようにする必要があります。
一方、従業員は、会社が従業員の健康情報を収集し管理するのは、安衛法上の義務および安全配慮義務を全うする目的からであることを信頼できる場合には、使用者がその義務を履行する上で支障のないよう協力態勢をとるべきでしょう。
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