意外と身近!?労働・社会保険を交えて憲法をみていく(統治機構編)

(はじめに)

2022年7月10日に第26回参議院通常選挙が実施され、いわゆる改憲勢力が議席の3分の2以上を確保しました。すでに、衆議院でも3分の2以上を有していたため、憲法改正の発議ができる要件を満たせる状況になりました。

 

ただし、実際の改正作業では、どの条文をどのように修正し、どのような条文を追加するかが重要であり、その点、改憲勢力内で完全には一致していないため、早々に発議がされるわけではないと思われます。また、発議がされたとしても、発議の内容(改憲)を最終的に決定するのは「国民」となります。憲法第96条では、国民の過半数の賛成によって承認される、との記載があります。

 

◆第96条【憲法改正手続】

「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」

 

将来、憲法改正の是非を問う選挙が実施される際には、判断をする前提として、そもそも現状の憲法の内容を知らなければなりません。そこで今回も、人事担当者に馴染みがありそうな事項を交えて、条文を紹介していきます。

 

憲法の条文は大きく分けて「基本的人権」と「統治機構」の2つのグループに分類できますが、今回は「統治機構」の部分をみていきます。「基本的人権」については、前回の記事をご参照ください。

 

意外と身近!?労働・社会保険法を交えて憲法をみていく(基本的人権編)

(統治機構とは?)

近代的・立憲主義的な憲法における「統治機構」とは、国民に対して「基本的人権」を最大限に保障する存在、手段、制度として位置づけられます。特に、国会(立法権)と内閣(行政権)と裁判所(司法権)の「三権」を案内していくことにしましょう。

三権は抑制し合う関係で、公権力を一極に集中させずに濫用されない仕組みで、「基本的人権」への侵害を防止し、最大限に保障しようということになります。

(行政法)

「統治機構」を考えるにあたり、「行政法」の概念が重要になってきます。すなわち、憲法を具現化したものが行政法で、「行政法」とは、(そのような名称の法律はなく)行政に関係する法律の総称であって、その内容によって「行政組織法」、「行政作用法」、「行政救済法」に分けられます。

 

●「行政組織法」:行政機関の権限、所掌事務、構造などを定める法

→行政の主体、誰が行政を行うか、が定められています。

例:国家行政組織法、内閣法、厚生労働省設置法

 

●「行政作用法」:行政機関が国民との関係で法律関係を形成、変更、消滅させるための法

→行政が何を行うか、国民にどういう効果を及ぼすか、が定められています。

例:国税通則法、土地収用法

 

●「行政救済法」:行政活動による国民の権利や利益の侵害に対して行政機関や裁判所によって与えられる特別な救済を定める法

→行政によって生じた不利益をどう救済するか、が定められている。

例:行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法

 

ただし、全ての行政法が上記の分類で綺麗に分けられるわけではありません。例えば「独占禁止法」では、公正取引委員会の組織権限を定める部分は「行政組織法」となりますが、私的独占、不当な取引制限、不公正な取引方法を禁止し、違反行為の排除を定める規定は「行政作用法」となります。

 

また、行政法では「法律による行政の原理」も重要で、簡単に説明しますと、「国民の権利や利益を侵害しないために、法律に基づき、法律に違反することなく行政活動を行わなければならない」原理となります。

(憲法と労働・社会保険法領域の関係)

<国会・立法権>

立法とは、法律を制定する作用となります。国会や立法権に関する条文を以下で抜粋しました。

 

◆第41条【国会の地位・立法権】

「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」

 

◆第42条【両院制】

「国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。」

 

◆第59条1項【法律案の議決】

「法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。」

 

【意義】

衆議院と参議院からなる国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関となります。法律案は原則、両議院で可決した際に法律となり、行政機関は法律に基づき、様々な行政活動を行うことになります。

 

【労働・社会保険法領域】

労働基準法等の法律は、国会で制定や改廃が行われて、公布後に施行されます。一般的に、公布によって法律の内容を周知させて、一定期間が経過した後に施行されることになります。しかし、公布の日から施行する即日施行の場合や同一法律内の改正であっても、条文によって施行日が異なる場合もありますので、人事担当者として、成立した法律の内容に限らず施行される日にも注意を払って、諸々準備をしましょう。

 

条文によって施行日が異なる場合の例として、「短時間従業員に対する健康保険・厚生年金の適用の拡大」をみていきましょう。

2020年5月29日に年金制度改正法が成立、同年6月5日に公布されました。50人超規模の企業の短時間従業員について社会保険の適用範囲が拡大する、というのが法律の内容となります。ただし、適用拡大は段階的に行われます(各々施行日が異なります)。

 

・2022年10月1日から、100人超企業の短時間従業員に適用が拡大しました。

・2024年10月1日から、50人超企業の短時間従業員に適用が拡大します。

<内閣・行政権>

行政とは、国家の統治作用のうち、立法と司法以外の作用の総称で、法律に基づき行政の目的を実現するために行われます。内閣や行政権に関する条文を以下で抜粋しました。

 

◆第65条【行政権】

「行政権は、内閣に属する。」

 

◆第66条1項【内閣の組織】

「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。」

 

◆同条3項【国会に対する連帯責任】

「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」

 

◆第68条1項【国務大臣の任命】

「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばなければならない。」

 

◆同条2項【国務大臣の罷免】

「内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。」

 

◆第73条1号【内閣の職権】

「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。

一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。」

 

◆第74条【法律・政令の署名及び連署】

「法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。」

 

※国家行政組織法第5条1項【行政機関の長】

「各省の長は、それぞれ各省大臣とし、内閣法(昭和二十二年法律第五号)にいう主任の大臣として、それぞれ行政事務を分担管理する。」

 

※同条3項

「各省大臣は、国務大臣のうちから、内閣総理大臣が命ずる。ただし、内閣総理大臣が自ら当たることを妨げない。」

 

※内閣法第3条1項

「各大臣は、別に法律の定めるところにより、主任の大臣として、行政事務を分担管理する。」

 

【意義】

行政機関の頂点にある内閣の長は内閣総理大臣であり、その他の国務大臣を任命または罷免をして、内閣を組織します。内閣は行政権を有し、行使にあたっては国会に連帯して責任を負います。法律等は主任の国務大臣が署名し、総理大臣の連署が必要となります。

 

【労働・社会保険法領域】

厚生労働省(厚生労働大臣)を例に考えてみましょう。

国家行政組織法に基づき、厚生労働省設置法によって、厚労省が設置されています。

「各省大臣」である厚労省の長を「厚生労働大臣」とし、厚生労働に関する行政事務(例えば、労働関係の調整に関すること)を分担管理します。総理大臣は国務大臣の中から厚生労働大臣を任命するが、総理大臣が兼務してもよいことになっています。

 

厚労省の地方支分部局として、就業規則や36協定等の届出先である労働基準監督署、雇用保険資格取得・喪失届の提出先である公共職業安定所(ハローワーク)があり、それぞれ都道府県労働局の下に設置されています。

 

参考組織図

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/kikouzu_13.pdf

 

都道府県労働局の長である、都道府県労働局長は、いろいろな職務を担っていますが、例えば「最低賃金の決定」や「個別労働紛争解決制度における助言や指導」が挙げられます。

ここでは「最低賃金の決定」の過程をみていきましょう。個別労働紛争解決制度における助言や指導に関しては、<裁判所・司法権>の項目をご参照ください。

 

最低賃金は、最低賃金審議会(公益代表、労働者代表、使用者代表の各同数の委員で構成)において議論の上、都道府県労働局長が決定しています。すなわち、中央最低賃金審議会から示される引上げ額の目安を参考にしながら、各都道府県の地方最低賃金審議会での地域の実情を踏まえた審議・答申を得た後に、異議申出に関する手続きを経て、都道府県労働局長により決定されます。

中央最低賃金審議会や地方最低賃金審議会は、最低賃金法に設置や組織・権限の根拠があります。最低賃金審議会に限らず、このような機関の設置や組織・権限は法律等に根拠があって、それに基づき様々な職務を遂行しています。

<裁判所・司法権>

司法とは、国家の統治作用のうち、法を適用して具体的な争訟を解決する作用となります。民事事件、刑事事件および行政事件の裁判があります。裁判所や司法権に関する条文を以下で抜粋しました。

 

◆第76条1項【司法権・裁判所】

「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」

 

◆同条2項【特別裁判所の禁止】

「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。」

 

◆第81条【法令審査権と最高裁判所】

「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」

 

◆第82条1項【裁判の公開】

「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」

 

※裁判所法第2条1項【下級裁判所】

「下級裁判所は、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所及び簡易裁判所とする。」

 

【意義】

裁判所法によって4種類の下級裁判所が設置されています。日本は、いわゆる三審制で、原則公開の場で審議をし、司法権を行使します。行政機関は終審として裁判することができず、最高裁判所は法律等が合憲か否かを判断する終審の裁判所となります。司法権は、具体的な事件を解決するために行使され、法律等が一般的に合憲か違憲かを判断するものではないことに留意しておきましょう。

 

【労働・社会保険法領域】

最高裁判所が具体的な争いを解決するために裁判を行い、その中でも重要な判断が「判例」(下級裁判所による裁判・判断は、「判例」と区別して「裁判例」)といわれます。

「判例」や「裁判例」は、具体的な争いを解決するために法律を具体的に解釈したことによる判断であって法律ではないため、一般的に適用されるものではありません。しかし、同じような争いが起きた場合の判断基準、先例となりますので重要なものとなります。

反面、判断が繰り返されて確立した「判例」が条文化(法律による明文化)されることもあります。例えば、労働契約法16条の「解雇権濫用法理」は確立した判例が法文化したものとなります。

 

裁判(訴訟)について、従業員と事業主が未払賃金をめぐって争いが生じた場合を例にして考えてみましょう。当事者間で解決ができないと、以下の制度を利用することになります。利用を開始しても当事者が歩み寄って和解等をして解決にする場合もあります。

 

  • 個別労働紛争解決制度

・総合労働相談コーナーにおける情報提供・相談

・都道府県労働局長による助言・指導

・紛争調整委員会によるあっせん

 

  • 労働審判制度

詳細につきましては、下記の記事をご参考ください。

https://media.o-sr.co.jp/news/news-29817/#2

 

  • 訴訟

上記の制度を利用しても決着がつかない場合は、訴訟での解決を目指すことになります。ちなみに、上記の制度を利用しなければ訴訟が提起できないというわけではありません。訴訟となれば、未払賃金に関する争いは民事訴訟(民事事件)で扱うことになります。

訴訟と上記の制度の違いについて、個別労働紛争解決制度は行政機関が実施します。他方、労働審判制度は裁判所が関わりますが、原則非公開で審理は3回以内とする等の部分が訴訟と異なります。

<財政>

◆第83条【財政処理の基本原則】

「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」

 

◆第84条【課税】

「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」

 

【意義】

国家の支出や課税に関することは国会の議決や法律で定めることにして、「財政法律主義」や「租税法律主義」を掲げています。

国家のお金の使い道や国民の財布から強制的にお金を徴収する面がある課税については、歴史的に大きな関心事であり、多くの争いが生じた経緯もありました。そのような公権力を制限して国民を保護しようとする力(「代表なくして課税なし」)が、近代的・立憲主義的憲法が成立する過程で主要な役割を果たしたといっても過言ではありません。古くは1215年のマグナカルタを起源として、1775年のアメリカ独立戦争のスローガンにもなりました。

 

【労働法・社会保険法領域】

税法のうち、所得税法では所得(収入)を10種類に分類して、各所得の性質に応じて、課税をしています。年末調整は、給与収入における所得税を精算する手続となります。人事担当者は毎年、改正に注意をして、従業員への案内や年末調整の業務をされているかと思います。このような改正も「租税法律主義」の表れといえます。

<地方自治>

◆第92条【地方自治の基本原則】

「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」

 

◆第94条【地方公共団体の権能】

「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」

 

【意義】

各地方公共団体は「法律の範囲内」で独自で「条例」を制定して、地方の実情に合った行政を行うことができます。

「地方自治」は、地方のことは地方で行う、生活に身近な事柄はその地域の住民で決めるというもので「地方自治は民主主義の学校」という表現もあって、憲法上の制度として保障されています。

 

【労働法・社会保険法領域】

給与計算にも関係する住民税について、「地方税法」という法律で地方公共団体が賦課徴収できる税目、税率その他の手続き等、地方税の制度に関する基本的なことに関する大枠が定められています。各地方公共団体は、地方税法に基づき条例で詳細を定めて、課税を行っております。

(最後に)

今回は「統治機構」に関する条文を抜粋してみましたが、いかがだったでしょうか?

「基本的人権」と同様、憲法が改正されたとしても、人事担当者の業務がガラッと変わるような影響はないかもしれませんが、現状の憲法を少しでも知っていただく機会となりましたら、大変ありがたく感じます。

 

「統治機構」という表現は堅苦しく感じますが、業務や日常の生活をされていて、(無意識でも)接点は多々あると思われます。より大きな枠組みや俯瞰で見られるようになると、違った視座によって理解が深まることもあります。「統治機構」の組織や所掌、各々の関係性が分かると、ニュース等で接する情報がより分かりやすくなります。

例えば、以下のように意識をしてみると、大きな流れの中での現状の位置や、ゴールまでにかかりそうな時間やゴールがどうなるか(実現できそうか)?みたいなことが分かってきます。

 

➀ある法律案が、現在どこで、どのような審議がされているか?

➁ある政策や見解について、誰が(どの機関)が発信しているか?

③ある争いが、現在どこで、どの段階にあるか?

 

たとえ、人事担当者の業務に関係がないニュースであっても、そこから汲み取れる情報が少しでも増えれば、自分のためになって日常生活が豊かになると思います。また、その意識や習慣でもって、いろんな情報に対して敏感になれば、業務にもいい影響を及ぼしていくと考えます。

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