意外と身近!?労働・社会保険法を交えて憲法をみていく(基本的人権編)

はじめに

今年2022年の5月3日で、日本国憲法が施行されて75年が経ちました。時代によって、論調や論点・関心事は変遷していますが、当初から改正論議がありました。最近では、コロナ禍ということもあって、ロックダウンに関する議題が挙がることもあります。

今回は、人事担当者にとって馴染み深い、労働・社会保険法の領域を交えて、憲法についてみていくことにしましょう。必ずしも改正論議でクローズアップされている領域とはいえません。しかし、憲法は国の土台、法体系の基本であることを踏まえると、自身には関係ないと思っていても実はすごく身近な存在だという実感をしていただけると思います。

憲法の条文は、大きく分けて「基本的人権」と「統治機構」の2つのグループに分類することができますが、今回は「基本的人権」の部分をみていきます。

憲法とは?

ここでいう「憲法」とは、近代的・立憲主義的な憲法となります。それは、国民の権利(基本的人権)を最大限に保障し、公権力を制限する制度(統治機構)を備えているものをいいます。公権力や統治機構は国民を支配するためではなく、国民の権利を最大限に保障する、それに資するもの、その手段として存在するものという発想が前提となります。

そのため、憲法は原則として、その宛先は公権力(国や地方公共団体等)であり、通常の「法律」とは異なる、特殊なものといえます。憲法では、国民の三大「義務」が記載されていますが、ほとんど公権力が守るべきルールを定めています。

例外として、国民(私人)に直接的に憲法の効力が及ぶ「私人間効力」という考えがありますが、基本的には「私人対公権力」という、いわゆる「公法」の考え方が基本となります。では、私人だからといって、憲法の趣旨に反する行為、をしてもよいのでしょうか!?憲法の規範(価値)は形を変えて、民法や刑法といった「法律」レベルで国民を規制することになります。

憲法条文の分類

憲法の条文は2つの大きなグループに分けることができ、それは「基本的人権」と「統治機構」となります。

「基本的人権」とは国民に保障された権利であり、第11条では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」また、第12条では「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」とあります。

「統治機構」とは、国民の権利を保障する制度や国を運営する仕組みで、立法(国会)・行政(内閣)・司法(裁判所)の三権分立、地方自治、財政等の条文が該当します。

基本的人権の分類

基本的人権の「内容」に注目すると「自由権」、「参政権」、「国務請求権」、「社会権」に分類することができます。

◆「自由権」

公権力の過度の介入を防ぐことによって保障する権利、いわゆる、公権力に余計なおせっかいをさせない権利、ほったらかしにされる権利ともいえます。

例:信教の自由

◆「参政権」

政治に参加する権利、歴史的に性別や収入によって制限されてきた経緯がありますが、現行憲法下では撤廃されています。

例:選挙権、被選挙権

◆「国務請求権」

公権力に行為を要求する権利、基本的人権の保障をより確実に担保する権利という立ち位置となります。

例:裁判を受ける権利、国家賠償請求権

◆「社会権」

公権力が積極的に介入して保障する権利、近代社会では自由権が主流でしたが、それだけでは格差拡大等の不具合が生じたため、近年重要になってきました。

例:生存権、労働三権

 

労働・社会保険法の領域では、社会権の発想が大変重要となってきます。起源といっても過言ではありません。自由権だけでは不十分である(私人間で放任しているだけでは看過できない過ちが生じる)ため、国家が法律等を介して、その関係を修正することになります。

例えば、力が偏っている事業主と労働者(求人者)の関係では、労働力が安値で買いたたかれてしまう可能性は大きいですが、国が最低賃金法という法律を介して、最低賃金まで引き上げるという修正をすることになります。

 

以上を踏まえて、具体的に憲法の条文を抜粋し、その意義や労働・社会保険法領域を交えて、みていきましょう。

憲法と労働・社会保険法領域の関係

◆第14条1項(法の下の平等)

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 

【意義】

形式的な平等を実現するものではなく、合理的な差異(区別)に基づく異なる取り扱いであれば問題がなく、実質的な平等を要請しています。

 

【労働・社会保険法領域】

労働基準法(以下、労基法)第3条「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」

同法第4条「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」

男女雇用機会均等法第1条「この法律は、法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに、女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することを目的とする。」

その他、平等に関する規定や法律は多々あります。

 

◆第15条1項(公務員を選定・罷免する権利)

「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」

 

【意義】

参政権の中核である、選挙権を保障する規定となります。

 

【労働・社会保険法領域】

労基法第7条「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」とあります。

通勤災害に該当するか否かを考えるにあたっては、通勤経路の「逸脱・中断」という考え方があり、「逸脱・中断」以降は通勤に該当しない(通勤災害にはならない)というのが原則です。例外として、日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱又は中断の間を除き、合理的な経路に復した後は再び通勤となりますが、その例外の1つとして「選挙権の行使その他これに準ずる行為」があります。選挙権がこういう場面でも最大限保障されているといえます。

 

◆第18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由)

「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」

 

【意義】

人身の自由を定めた条文で私人間効力を有します。ただし、国民(私人)が憲法違反というよりも、民法上の不法行為や刑法上の強要罪や監禁罪の適用という形で解決することになります。

 

【労働・社会保険法領域】

労基法第5条「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない」とあり、違反した場合は、同法117条「・・一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。」となります。これは労基法で最も重い罰則となっており、身体的自由に対する違反に対して厳しい態度で臨んでいることが分かります。

 

◆第22条1項(職業選択の自由)

「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」

 

【意義】

身分制度によって、生まれながらに職業や居住場所の固定や、移動を制限されていた歴史的な経緯を踏まえ、それが人権を阻害するものであることから、選択する自由を保障した条文となります。

 

【労働・社会保険法領域】

職業選択の自由を具体的に保障するために、職業安定法(第2条「何人も、公共の福祉に反しない限り、職業を自由に選択することができる」)や労基法第6条で「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。」とあります。

 

◆第25条1項(生存権)

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」

同条2項(国の社会保障的義務)

「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

 

【意義】

社会権の根源となる重要な条文となります。この条文に基づき、生活保護法をはじめとした社会福祉、社会保障、公衆衛生に関する各種法律が制定されました。医療保険や年金保険にも影響を及ぼす規定となります。

 

【労働・社会保険法領域】

労基法第1条1項では「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」、国民年金法第1条では「国民年金制度は、日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。」とあります。

 

◆第27条1項(勤労の権利義務)

「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」

同条2項(労働条件の基準)

「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」

同条3項(児童酷使の禁止)

「児童は、これを酷使してはならない。」

 

【意義】

同条2項は、戦前に劣悪な労働環境があったことの反省として、労働法の中核となる「労働基準法」や、その他「最低賃金法」等が制定されました。

 

【労働・社会保険法領域】

労基法は15歳(満15に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで)未満を「児童」、18歳未満を「年少者」として、労基法第56条から第64条で特別な保護規定があります。また、児童だけではありませんが、強制労働の禁止と定めた労基法第5条も関係してきます。

 

◆第28条(勤労者の団結権・団体交渉権・団体行動権)

「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」

 

【意義】

労働者が、実際に力の差がある事業主と対等になるように、団結したり、集団で交渉や行動したりできる権利が保障されております。

 

【労働・社会保険法領域】

労働組合法や労働関係調整法が関係します。

 

◆第31条(法定手続の保障)

「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」

 

【意義】

刑法に関係する「罪刑法定主義」が掲げられております。犯罪と刑罰は法律に定められ、適正なものでなければならず、さらに犯罪に対する刑罰は均衡(バランス)がとれたものでなければならないことを規定しています。

 

【労働・社会保険法領域】

労基法にも罰則規定があり、実質的な刑法に該当します。そのため、労働法といえども、刑法に関する罪刑法定主義の考え方が妥当します。

また、例えば、従業員を懲戒する場合に、その懲戒内容が就業規則に記載されており、懲戒対象となる行為と比較してバランスのとれたものでなければなりませんが、その考え方は罪刑法定主義それ自体ではありませんが、通ずるところがあります。

 

◆第32条(裁判を受ける権利)

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」

 

【意義】

基本的人権の保障をより確実に担保する、手続的な権利となります。

 

【労働・社会保険法領域】

昨今、労使問題は、民事訴訟や刑事訴訟といった純粋な訴訟事件に限らず、あっせんや労働審判等の非訟事件で解決されることが多くなっております。そのような場合でも解決に至らなければ、裁判に移行することができるので、最終的には裁判を受ける権利が保障されています。

最後に

以上、労働・社会保険法領域を交えて憲法の条文についてみてきましたが、いかがだったでしょうか。普段あまり触れることがないと思いますが、人事担当者に馴染みがある領域において、意外と憲法が関係していることを実感されたのではないでしょうか。今回はあくまでも抜粋でしたので、いろいろ調べて、深掘りをして、学んでいくのもいいと思います。

75年間の改正論議がある中で、自身として現行の憲法が妥当か否かを判断する際には、憲法の中身、かつその問題点を知ることが前提となりますから、今回の記事が憲法に興味を持つ端緒となりましたら、大変幸いに思います。

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