猛威を奮う新型コロナウイルス 人事労務から見る会社の心得とは?

今冬、中国の武漢市で端を発した新型コロナウイルスが猛威を奮っております。2020年1月28日に日本政府は、コロナウイルスによる新型肺炎を感染症法上の「指定感染症」とする閣議決定をしました。これは、国内の感染拡大を防止する措置であり、まだまだ収束に至る気配は感じられず、予断を許さない事態となっております。

今回は「感染症」をキーワードに、会社として注意すべきことを、「就業の制限」「休業(欠勤)に対する保障」「安全配慮義務」の3つの労務的なポイントに注目をして、説明をしていきます。

 

<3つのポイント>

  • 新型肺炎を発症した社員を就業させてもよいのか?

→社員に従事させる「業務の内容」を確認しましょう。

 

  • 社員が休んだ場合、賃金(休業手当)の支払義務はどうなるのか?

→社員と会社、どちらがリードして休むことになるかを確認しましょう。

 

  • 賃金以外で、社員に対して会社が気にかけることは?

→会社に求められる「安全配慮義務」を確認しましょう。

 

 

‐‐‐‐ポイント①‐‐‐‐

感染症とは?

猛威を奮っている新型コロナウイルスによる新型肺炎は、人から人へと感染する「感染症」です。では、「感染症」とはどういうものでしょうか?

「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)」によると、「感染症」はレベルによって、「1類感染症」、「2類感染症」、「3類感染症」、「4類感染症」、「5類感染症」、「新型インフルエンザ等感染症」、「指定感染症」、「新感染症」に分類されます。1類に近づくほど、危険度は高くなり、「新型インフルエンザ等感染症」、「指定感染症」、「新感染症」は1類~3類に準じたものに位置づけられます。

 

具体例を挙げると、「1類感染症」はペスト、「2類感染症」は結核、重症急性呼吸器症候群(SARS)、「3類感染症」はコレラ、「4類感染症」はE型肝炎、デング熱、「5類感染症」は手足口病、水痘となります。ちなみに、例年流行する季節性インフルエンザ(新型インフルエンザではない)は「5類感染症」に該当します。

 

感染症法の目的は発生した感染症の蔓延を防止することにあり、その目的を達成するため、国や地方公共団体の責務を定めております。国や地方公共団体は、蔓延を防止するために、発症者を強制的に入院させたり、その就業を制限することができます。

 

 

 

感染症法上の新型コロナウイルスによる新型肺炎の位置づけ

感染症法第18条によると、「1類感染症」、「2類感染症」、「3類感染症」、「新型インフルエンザ等感染症」に発症した場合、都道府県知事は、発症者またはその保護者に、その旨に関する通知をすることができ、通知を受けた当該者は、就業を制限されることになります。(ただし、制限は一律的なものではなく、感染症の「性質」に応じて、制限される業務やその期間が定まる仕組みとなっております。)

制限される業務について、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則」第11条2項によると、以下の通りとなります。

 

今回「指定感染症」となった新型コロナウイルスによる新型肺炎は、①~③に該当しないため、④となります。つまり、新型肺炎の発症者は、「飲食物の製造、販売、調製又は取扱いの際に飲食物に直接接触する業務」の就業が制限されることになります。

 

 

感染症法上の「就業制限」と労働安全衛生規則上の「就業禁止」の関係性

感染症の問題を、労働安全衛生という観点からみると、関係条文としては、労働安全衛生規則(以下、安衛規則)第61条があります。

同条では「事業者は・・各号のいずれかに該当する者については、その就業を禁止しなければならない。ただし、第一号に掲げる者について伝染予防の措置をした場合は、この限りではない。」とあり、第一号では「病毒伝ぱのおそれのある伝染病の疾病にかかつた者」と規定されております。

規則によれば、『会社は、感染症にかかった者については、その就業を禁止しなければならない』ことになりますが、ただし書があることに注意が必要です。

感染症法第18条と安衛規則第61条の関係を示す通達(昭24・2・10基発第158号)には「法定伝染病については、伝染病予防法(=現行の感染症法)によって予防の措置がとられるから本号の対象とならない」とあります。すなわち、感染症法上の「感染症」にかかった者の就業に関する規定は、「安衛規則第61条」ではなく「感染症法第18条」が適用されることになります。

新型コロナウイルスによる新型肺炎は、「指定感染症」という感染症法上の「感染症」になるため、「感染症法」の方が適用されることになります。

 

 

‐‐‐‐ポイント②‐‐‐‐

就業の制限と賃金支払義務・休業手当

「感染症法」によって就業が制限された場合、会社はその不就労に関する賃金の支払義務はありません。いわゆるノーワーク・ノーペイの原則です。また、休業手当については、支給の要件となる、(その不就労が)「使用者の責めに帰すべき事由」に該当しないため、休業手当も支給をする必要はないことになります。

 

しかし「感染症法」による就業制限に至らない場合でも、発症した社員の体調や他社員への影響を考慮すると、会社が「社員を休ませよう」、「社員に休んで欲しい」と考えるのは当然かと思われます。そのような場合における、会社の賃金支払義務・休業手当について、以下で説明をしていきます。

社員が自発的に年次有給休暇を取得したり、欠勤を申請する場合は、さほどの問題は生じないと思います。問題となるのは、「会社が」社員を休ませる場面となります。

 

例えば、社員が(納期が迫っている、業務が溜まっている等の理由で)無理をしてでも出勤を希望しているが会社が休ませた場合、会社は休業手当を支給しなければなりません。社員の体調を慮った判断だったとしても、「会社が休ませた」のであれば、休業手当の支給が必要となります。

 

次に、社員が休みの希望を申し出ているが、会社が出勤をさせたい、という例を考えてみましょう。社員が年次有給休暇を申請すれば、(会社は、時季変更権を有していますが、よほどのことがない限り、変更は認められないので、)社員は休むことが可能で、かつ賃金も支払われることになります。

では、年次有給休暇の権利がない社員はどうでしょうか?その場合、欠勤による不就労となるため、会社はその分の賃金を支払う必要はなく、また賃金の控除については、会社及び社員双方の認識が一致し、かつ不満はないと思われます。

しかし、その欠勤を会社が「懲戒」をもって臨むとしたら、社員に不利益が生じます。果たして、社員はこの不利益に甘受しなければならないのか!?そこで今度は、会社の「安全配慮義務」について、考える必要があります。

 

 

‐‐‐‐ポイント③‐‐‐‐

会社の安全配慮義務

会社と社員は労働契約を結び、その効果として、社員は労務を提供し、会社が給与を支給する、これが契約の本質部分となります。

ただし、会社には、社員との関係性から、社員の安全を配慮する義務も生じます(付随的義務)。社員に給料を支給することのみが会社の義務ではないことになります。この「安全配慮義務」は、労働契約法第5条に規定されており、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とあります。

 

そのため、会社は(納期が迫っている、業務が溜まっている等の)正当な理由であったとしても、発症した社員に出勤を求めることは「安全配慮義務」に反する可能性があります。「安全配慮義務」は、社員の身体に限らず、職場環境の安全性を確保することも、含んでおります。新型肺炎に発症した社員を職場に来させることも「安全配慮義務」に則して、妥当ではないことになります。

 

 

最後に

新型コロナウイルスによる新型肺炎は「指定感染症」に格上げとなり、まだ収束の見通しが立っておりません。会社は、社員にマスクの着用や手洗い、消毒の励行をして、感染のリスクを下げるための周知、対策を講ずるのはもちろんのことですが、感染症について、過敏に反応しないことも重要かと思います。感染症の危険性について、社員の不安を殊更に煽ることはすべきではなく、冷静な対応も必要です。

感染症法には国や地方公共団体の責務だけでなく、一般国民の責務も規定されております。同法第4条には「国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならない。」とあります。

事業主、会社の担当者におかれましては、「就業の制限」「休業(欠勤)に対する保障」「安全配慮義務」に関する3つのポイントを抑えつつ、労務的なものを含めた感染症に関する正しい知識をもって、猛威を奮うコロナウイルスの対策をして頂きたいと思います。

厚生労働省のHP(新型コロナウイルスに関する事業者・職場のQ&A)もご参照下さい。

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吉野 達哉

関東、北陸、九州に拠点がある訪問看護リハビリステーションの人事・労務を担当し、主に給与計算や社会保険手続を行いつつ、医療・介護保険、年金制度に精通するために奮闘しております。

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