頻繁なたばこによる離席は休憩時間となるか?給与に関する”あるある”な疑問3選!
わかっているようでわからないのが給与。
従業員の中には給与明細を見ないで捨てる人や、手取り金額のみ確認するという人もいると言います。
しかし、給与を支払う側の企業は間違いのない支払いをしなければなりません。
今回は従業員も企業も一度は考えたことがあるかもしれない、給与に関する”あるある”な疑問をまとめてみました。
目次
1. 頻繁な喫煙による離席は不就労時間とみなすことができるのか
労働時間に応じて付与される休憩時間。
それは同じ会社に属する従業員であれば全員が同じ基準を適用されるものですが、不平不満が出やすい問題として「度重なる喫煙による離席」が挙げられます。
労働時間きっちり働いている従業員と頻繁にたばこで席を外す従業員がいる時、2人が同じ労働時間とみなされることに不公平感を覚える人も少なくありません。
頻繁な喫煙による離席は不就労時間とみなすことができるのでしょうか。
・判例の見解は
平成21年に大阪高裁で喫煙時間を労働時間に含めるとする判例が出ております。
概要:
居酒屋チェーンの店長(以後A)が業務中に心筋梗塞を発症。
Aは心筋梗塞は長時間かつ深夜の過酷な労働という業務上の過重負荷に起因すると主張。
対して企業側は、Aは1日に20〜40本のタバコを吸っており、Aの業務時間中の喫煙は休憩時間に当たるとして国の過労死基準を超えた労働時間ではなかったと反論。
裁判所は休日の少ない連続勤務や、日中勤務や深夜勤務が日ごとに変わる、自律神経が乱れやすい業務内容であった事実を挙げた上で、
「店舗内で喫煙していたとしても、何かあればすぐに対応できる状態だったから、労働から完全に解放されているとは言えない」として労働時間に含まれると判断した。
本判決では過重労働の事実があった上で、「労働から完全に解放されているとは言えない」として喫煙時間を休憩時間とみなすことはできないと判断しております。
ですので、どんな状況であっても喫煙時間=労働時間になると本判決から読み取ることはできないでしょう。
しかし、一つの指針として喫煙時間=労働時間となり得ることはご認識頂ければと思います。
2. 通勤交通費を請求しながら徒歩通勤。返却を求められるか
多くの会社で支給している通勤交通費。
従業員本人からの申告に基づき、自宅から職場までの通勤交通費を毎月支給しているという会社も多いのではないでしょうか。
しかし、そこで問題となるのは従業員が正しい金額を申告しなかった場合。
例えば電車通勤をしているとして定期代を申請しながら、実際は徒歩で通勤しているような従業員に対して、会社はどのような対応が可能でしょうか。
①会社の規定はどのようになっているか
通勤交通費に関してはそもそも法律上の支払い義務はございません。
よって仮に不正受給があったとしても、労働基準法上の罰則規定もございません。
通勤交通費の支給に関しては、会社によって就業規則や労働契約書に規定があり、それぞれのルールに則って支払いがされております。
ですので、虚偽の申告があった際の対応方法を就業規則や労働契約書に併せて規定しておけば、万一の事態が起きても対応がスムーズでしょう。
申請していない通勤経路で事故が起きた場合は通勤災害が認められない場合がある、などのリスクを明言しておくのもおすすめです。
②具体的な対応策
では、実際に不正受給が判明した際、具体的にどのような対応が考えられるでしょうか。
実際の判例を挙げてみましょう。
『光輪モータース事件』
概要:
従業員Bは申請区間よりも多少の遠回りをすれば定期代が安くなると気付き、4年8か月に渡り総額35万円ほど不正受給をした。
会社からの問い合わせに対しても明確な返答をせず、不正受給を続けたとして従業員Bを懲戒解雇とした。
裁判所は「4年8ヵ月にもわたって、不正受給を続けたことは、「故意又は重大な過失により会社に損害を与えた」ものであり、軽視し得ない。」と述べた一方、
「企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎる」として懲戒解雇は適切ではないと判断した。
ほかにも『全国建設厚生年金基金事件』などでも不正受給をした従業員を懲戒解雇とするのは処分として重過ぎると判断されております。
一方、『かどや製油事件』などでは、住民票を移しての合計231万円の通勤手当の不正受給や、1日の大半は無断で離席し連絡がつかなくなるなど日頃の勤務態度が悪すぎるという理由も相まって、会社の懲戒解雇を有効であると判断しております。
従業員に不正受給=許されない行為であるという自覚があるか、故意に不正受給の状況を作り出したかなどの要素ももちろんですが、不正受給のほかに目に余る行動があるか否かも含めた判断が必要とされると言えます。
もっとも大体は不正受給分の返還を求めるなどの対応でも十分でしょう。
3. 給与計算ミスによる給与の遡及支払いに時効はあるのか
どれだけ念入りに確認しても能率的なシステムを導入しても、ミスを完全に0にすることが難しいのが給与計算。
特に過少支払いとなってしまった場合、企業には不足分を遡及して支払うなどの対応が求められます。
では、企業はその従業員が退職していても、何年も前の給与であっても対応をしなければならないのでしょうか。
①退職者の給与
企業には労働の対価として賃金を支払う義務がございます。
そしてその賃金は全額支払わなければなりません。
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労働基準法 第24条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。
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今回は賃金が全額支払われていないということですので、法令違反となり、企業は追ってでも全額支払いをしなければなりません。
法令に「退職者は除く」というような文言はもちろんなく、在職者であろうが退職者であろうが関係はありません。
ですので、退職者であっても賃金が全額支払われていないのであれば、遡及して支払いましょう。
では、何年も前に支払われた給与であったならどうでしょうか。
時効により支払い義務は消滅するのでしょうか。
②5年前の給与
上記の通り、企業には賃金を全額支払う義務があります。
一方従業員は賃金が(全額)支払われないような場合に、企業に対して支払いを求める権利を持ちます。この権利を賃金債権といいます。
しかし、賃金債権は労働基準法上、2年で消滅時効にかかります。
つまり、労働基準法上は最長で2年前の給与しか遡及支払いを請求できないのです。
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労働基準法 第115条
この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
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ここで注意が必要なことが2点ございます。
一つは昨今の債権法改正の影響を受けるのかということ。
もう一つは給与計算ミスなど、企業に一方的に落ち度がある場合に法律通りの運用をして良いのかということです。
(1)債権法改正による短期消滅時効の廃止
平成29年6月2日、 民法の一部を改正する法律が公布されました。
これに伴い民法の債権部分に関して多々修正が行われましたが、中でも目玉となったのが短期消滅時効の廃止です。
従来の民法において一般債権の消滅時効は原則10年とされておりましたが、債権の種類によっては1年~3年で消滅時効を迎えてしまうものがありました。
これを短期消滅時効と言います。
これが労働基準法に規定されている賃金債権と何の関わりがあるかと言いますと、実はこの短期消滅時効、賃金債権も対象としているのです。
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民法 第174条
次に掲げる債権は、一年間行使しないときは、消滅する。
一 月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
二 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
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民法では1年、労働法では2年で消滅する賃金債権ですが、民法と労働法であれば原則は特別法である労働法の規定が優先されます。
ですので、従来は「賃金債権の消滅時効は2年」との認識で問題ありませんでした。
しかし、本改正により短期消滅時効は廃止され、債権の消滅時効は一律に以下のような運用をされることとなりました。
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改正民法 第166条
1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
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今回の法改正により民法では5年ないし10年、労働法では2年で権利が消滅することとなったため、労働法も見直さなければならないのではないかという議論が出ています。
(一般法が新法であったとしても、優先されるのはあくまで特別法です。)
もし改正法の基準に合わせて労働法も改正するのであれば、たとえ5年前の給与であっても遡及支払いの義務が生じる可能性は十分にあると言えるでしょう。
(2)落ち度が企業側にある場合、「払わない」 ことが許されるのか
従業員の申告漏れのような状況であればまだしも、給与計算ミスなど企業側に責任がある場合にも、「だいぶ前の給与だから」という理由で遡及支払いの義務はなくなるのでしょうか。
結論を申し上げれば、法的な問題はありません。
しかし、従業員からの不信感のもとにもなりますので、本人からの申し出があったのであれば支払った方が実務上は良いでしょう。
また、うっかり計算ミスをしたのではなく改ざんをしたなどの悪質なものであれば、2年以上前の給与であっても支払いの義務が発生する可能性もございます。
(悪質な残業代未払いに関して、民法の不法行為と認定され過去3年分の残業代の支払いを命じた判例があります。)
そして、消滅時効は時間の経過だけでは成立の要件を満たしません。
時効が成立するためには、法定の時間の経過に加え、時効の中断がないこと(今回は説明を省略します)、そして時効援用の意思表示があることが必要となります。
端的に言えば、いくら消滅時効が成立するだけの時間が過ぎたとしても、援用権者(ここでは企業)が時効を主張しなければ消滅時効は成立しないのです。
企業は10年前でも20年前でも、問題なく給与を遡及して支払うことができます。
4. おわりに
いかがでしょうか。
給与に関する”あるある”な疑問でしたが、予想通りの答えとそうでないものがありましたか。
起こり得そうな問題は解決策を規定などに載せ、事前に労使間で共有しておくことが望ましいといえるでしょう。
Ari
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