生活保護を受給している家族を健康保険の被扶養者にできるのか
従業員から寄せられる悩ましい課題の一つに、「家族が健康保険の被扶養者として認められるかどうか判断して欲しい」というものがあります。
家族の在り方が多様化している昨今、社会保険の利用に関しても、人事担当者は様々なケースに柔軟に対応することが求められます。
例えば従業員から、「生活保護を受給している家族を健康保険の扶養に入れたい」と相談を受けた時、どのように答えればいいのでしょうか。
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目次
1. 健康保険法の被扶養者制度と生活保護法の生活保護制度は同時に利用できるのか
まずは質問の回答ですが、生活保護制度を利用しながら健康保険の被扶養者になれる可能性はございます。
正しくは、健康保険の被扶養者でありながら、それでも生活が立ち行かない時に生活保護制度を利用することができる、ということです。
まずは、それぞれの制度とその趣旨について、おおまかに確認をいたしましょう。
①被扶養者制度
被扶養者制度とは、被保険者の家族が健康保険制度を利用することができる制度です。
日本は国民皆保険制度を採用しております。
国民皆保険制度とは、国民がみな、貧富の差がなく全国どこでも医療機関を利用するための制度であり、そのため、すべての国民は何らかの公的医療保険に加入することが義務付けられております。
その公的医療保険の一つに健康保険がございます。
健康保険加入対象者を被保険者と言いますが、被保険者に扶養されている家族で一定の要件を満たした者を被扶養者とすることができます。
被扶養者は自ら社会保険料を支払うことなく、病気・怪我・死亡・出産の際に、被保険者と同様の保険給付を受けることが可能です。
②生活保護制度
生活保護制度とは、すべて国民が最低限度の生活を営むために、国が必要な援助を行うという制度です。
日本のすべての国民は、最低限度の生活を営む権利を有します。
この権利を生存権と言います。
日本は憲法において、国民の生存権を保障しております。
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日本国憲法 第25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
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第1項においては国民の権利について、第2項においては国の義務について規定されております。
生活保護制度は、生活に困窮する者に対し、その困窮の程度に応じて国が必要な保護を行い、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的としております。
生活保護制度を利用することで、生活を営む上で必要な各種費用に対応して扶助が支給されます。
③同時に利用することは可能なのか
有事の際に健康保険を利用することが可能となる被扶養者制度と、 生活そのものの保障をする生活保護制度では、後者の方が保障範囲が広いことがわかります。
健康保険の被扶養者となっても、なお生活が困窮していると認められる場合は、重ねて生活保護を受けるという選択が可能です。
ですので、健康保険の被扶養者でありながら、生活保護を受給できる可能性があるということになります。
因みに、これら二つの制度に共通するのは、医療機関の利用に対する保障・扶助があるという点です。
健康保険の被扶養者となることで、医療機関に支払う医療費の負担は以下のようになります。
・0歳~小学校就学前の乳幼児は2割
・小学生以上70歳未満の方は3割
・70歳から75歳未満は2割(現役並み所得者は3割)
一方、ほとんどの生活保護受給者の医療費はその全額を医療扶助で負担します。
つまり、本人負担額は0割ということです。
よって、本人がより手厚い保障・扶助を受けられるのは生活保護制度になります。
これら制度の利用に優先順位はあるのでしょうか。
2. 被扶養者制度と生活保護制度の優先順位
冒頭の質問は「生活保護を受給している家族を健康保険の扶養に入れたい」というものでした。
先述した、被扶養者制度に加えて生活保護を受給するという考え方ではなく、生活保護の受給に加えて被扶養者制度を利用するという考え方です。
両方の制度を利用するという点は同じですが、厳密にいえば前者の考え方が正しいです。
なぜなら、被扶養者制度は生活保護制度に優先するからです。
①生活保護は「あらゆるもの」を利用していることが前提
生活保護法において、民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は生活保護に優先して行われる旨、規定がされております。(第4条第2項)
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生活保護法 第4条
保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
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生活保護は世帯単位で行いますが、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが受給の前提となっております。
世帯員全員が「あらゆるもの」を活用したうえで、世帯の収入と厚生労働大臣の定める基準で計算される最低生活費を比較して、収入が最低生活費に満たない場合に、生活保護が適用されます。
優先して活用すべき「あらゆるもの」の中には、年金や手当など他の制度で受けられる給付はもちろん、親族等からの援助が含まれます。
国の定める最低生活費が月に10万円として、扶養義務者から被扶養者への援助が月に6万円あると仮定します。
そのような場合、生活保護制度の利用によって被扶養者は月に4万円を受給することができるということになります。
健康保険の被扶養者制度も含めた扶養義務者の扶養を受けたうえで、なお生活が困窮している場合に生活保護制度を利用できるというのが原則的な考え方なのです。
国としては「生活保護を受給している家族を健康保険の扶養に入れていいのか」ではなく、「家族を健康保険の扶養に入れられる場合は生活保護より優先するべき」であるわけです。
②あくまで「優先」であり、「要件」ではない
親族の扶養及び扶助は、生活保護に優先して行われなければなりません。(生活保護法第4条第2項)
しかし、この「優先」という言葉は、あくまで親族の扶養及び扶助で得られる金額を生活保護費から差し引くという意味であり、扶養及び扶助が可能な親族がいた場合は生活保護を受けることができないという意味ではございません。
よって、生活に余裕のある親族がいたとしても、生活保護を受けることができる場合がございます。
あくまで「優先」であり、生活保護を受けるための「要件」ではないためです。
もちろん、扶養義務者が正当な理由なく扶養を拒む場合は、家庭裁判所に調停又は審判の申し立てを行うという手段がとられます。
しかし例えば、親から暴力を受けて育った子どもが自立して十分な生計を立てている時、親が生活保護を受給しようとしているから扶養せよと国が強制することはできません。
扶養義務者に扶養の意思がない場合、必ずしも被扶養者制度と生活保護制度が併用されるわけではないということを、念のため補足させていただきました。
今回は「生活保護を受給している家族を健康保険の扶養に入れたい」という状況ですので、生活保護を受給するための詳細な要件はリーフレット等でご確認いただければ幸いです。
3. 両制度を併用するにあたっての注意点
では、実際に両制度を併用するにあたって、特に注意が必要な点は何でしょうか。
被扶養者制度に関しては、親族が別居している際の主たる生計維持の要件について、
生活保護制度に関しては、親族からの扶養を受けるにあたっての報告義務について、最後に確認を致します。
①生活保護費は扶養の要件である「収入」にあたるか
ある一定の要件を満たしていなければ、健康保険の被扶養者として認められません。
その要件とは、被扶養者として認められる親族であること、そして被扶養者の収入状況が一定の基準を満たしていることですが、特に収入要件について注意が必要です。
なぜなら、生活保護費も被扶養者の要件である収入にあたるからです。
なお、一般的に被扶養者となるためには、対象者の収入状況が以下の基準を下回っていることが必要になります。
・年間収入が130万円(60歳以上または障害年金受給者の場合は180万円)未満であること。
・被保険者と被扶養者が同居している場合は、被扶養者の年間収入が被保険者の年間収入の1/2未満であることつまり、被保険者の年間収入の1/2>被扶養者の年間収入
・被保険者と被扶養者が別居している場合は、被保険者の仕送りが被扶養者の収入より多いことつまり、被保険者の仕送り額>被扶養者の収入額
たとえば被扶養者としたい家族が別居しており、対象者は一か月に10万円の生活保護を受給し、そのほかの収入はないと仮定致します。
その際には、被保険者は対象者に一か月に5万円を超える額の仕送りが必要になるということになります。
*先述の通り、親族の扶養は生活保護費に優先しますので、仕送り額の分の生活保護費が減額し、結果として被保険者の仕送り額>被扶養者の収入額となります。
②保護受給者の報告義務
生活保護を受給すべき世帯であったが、のちに世帯員の収入状況が変わり、世帯員の一人がほかの世帯員を被扶養者に入れるというケースはあると考えられます。
そのような場合は、生活保護受給者は福祉事務所等にその旨を申告する義務がございます。
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生活保護法 第61条
被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
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「収入その他生計の状況の変動」には社会保険への加入も含まれますので、健康保険の被扶養者となった場合にもしかるべき機関に報告をしなければなりません。
報告を怠った場合、更にはその結果として必要以上の保障を受けていたことが判明した場合は、違反の程度に応じて生活保護の支給停止や支給した保護費の返還、罰則・罰金が科されます。
「生活保護を受給している家族を扶養に入れる」ことは可能ですが、その際には報告を怠ってはならないという点に注意が必要です。
もちろん報告は会社の義務ではないですが、従業員からこのような被扶養者追加の申し出があった際には、その旨、一言添えられるといいかもしれません。
4. おわりに
まとめますと、従業員から、「生活保護を受給している家族を扶養に入れたい」と相談を受けた時、以下のポイントを抑えた回答をするのが望ましいと考えられます。
・生活保護を受給している家族を健康保険の扶養に入れることは可能
・むしろ国の原則としては扶養に入れられるのであれば入れるべき
・ただし、生活保護費以上の金銭的援助(仕送り等) をしていなければならない
・生活保護を受給している家族の認定を受けたらしかるべき機関に報告をしなければならない
いかがでしょうか。
従業員から質問が来た時に返答ができそうでしょうか。
そのほか従業員からの質問への回答に迷ったとき、お気軽にお問い合わせください。
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